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練吉は今更のやうに、あらためて房一の様子を、その新調の自転車や医者らしい鞄などに目をやつた。すると、それらは今新しく練吉の前に彼の持物と同じものを感じさせ、更に、今まで耳にしていたものの、つひぞ気にもとめずにいた医師高間房一といふ人物がそこに忽然と姿を現しているのをいやでも見なければならぬと感じさせた。それは何故かどこかで練吉の自負心を傷つけ気を苛立たせるものだつた。
ときは房一を見ると、殆どすがりつきさうになつた。そして、口をひきつらせ、上半身を揉むやうにして訴へかけた。
冬近い冴えた日ざしが午過ひるすぎの河原町の長い、だが人気のない通り一杯に溢れていた。一体みんな何をしているんだらう、まさか軒並みに夜逃げしたわけでもあるまいのに、と呟つぶやきたくなるほど人の子一人いなかつた。そして、冴えているがしだいに温ぬくもりの増して来る日は、何だかのうのうと、つまり誰もいないので日そのものが路一杯にひろがつて日向ひなたぼつこをしているみたいであつた。
と、房一はひとり言を云つた。
今度は正文の方で答へなかつた。そして急に苦がい顔になつて、ぢろりと薬戸棚を見まはしただけで母屋おもやの方へ帰つて行つた。
やつと、徳次は感心した。青島陥落はついこなひだのことで、その時は徳次も提灯ちやうちん行列に出たのである。
「さうかよ。おれは又、河原町を通るんだとばつかり思つた」
それは盛子だつた。きりつとした割烹着の姿は彼女の伸びやかな身体の特長をよく現はしていた。
「うん」
「なんだつて、脳溢血?――そいつあ大変だねえ」
紛まがふことなく、それは神原喜作だつた。
一息に話してしまふと、喜作は依然としてさつきのまゝの姿勢で、いかにも気持よささうに、あのごつごつした、年に似合はず毛のうすい頭をむき出しに日にさらし乍ら、遠く河下の方に開けた空と、その下に低く横はつている丘陵地に目を放つていた。
「どれ一つ診ませうかな。――ふうむ、これあどうしたのかね、ハッパでやられたのか」